2012年9月25日火曜日

大武政夫「ヒナまつり」 2巻



  サイキック少女とヤクザという異色の組み合わせのギャグ漫画第二巻。今回も基本一話完結となっており、新たに登場したサイキッカー少女のアンズを中心に構成されている。

 新キャラのアンズはヒナを始末するためにやってきた追っ手という設定なんだけど、そこは流石のギャグ漫画。新田の提案によりなぜか超能力使用のあっちむいてホイで雌雄をつけることに。かわいらしい少女でも、新キャラでも、躊躇なく変顔を描いてしまうこの作者は本当にギャグ漫画家の鏡だと思う。おまけに、なんやかんやでよくあるラブコメのように同居人が増えるのかと思いきや、まさかのアンズホームレス化。いやもうこの漫画にそんな甘ったるい展開なんて期待していないので、分かってはいたんだけどね。

 帰れなくなったアンズがホームレスのおっさんたちに仲間として認められるまでの話や、新田に勘当され家を追い出されたヒナが四苦八苦したりと、今回は全体的に人情噺が多かったけど、最後の「支配者への道」は徹頭徹尾笑わせてくれるベストエピソードだった。ギャグ漫画の内容を文字で語るほどつまらないことはないので、是非これは単行本で読んで欲しい。

 そんなこんなで、新キャラも含めどの登場人物もいいキャラをしているヒナまつり。二巻もかなり笑わせてもらいました。

森奈津子「からくりアンモラル」



初潮を迎えた自分の身体に苛立ちを覚える秋月は、妹の春菜になつくロボット・ヨハネが子犬をかわいがる様子を見て、ちょっとした悪戯を思いつくが…ペット ロボットを介した性と生の目覚めを描いた表題作、タイムトラベルした少女が自我の認識を獲得する「あたしを愛したあたしたち」、セクサロイドが語る波瀾の 生涯「レプリカント色ざんげ」ほか、性愛SF9篇。日本SF大賞ノミネートの、切なく凛々しい傑作短篇集。 


 少女の性、というかぶっちゃけエロをテーマにしたSF短編集。といっても官能小説ではなく、ハヤカワ文庫から出ているれっきとした一般小説なのです。中には、かなりえぐい性描写があったりするわけだけど、まあそこはそこということで。

 性愛と科学というともすれば両立の難しいテーマを扱った作品集なだけに、収録されているどれもがかなり印象的。性の目覚めをせつなく描いた表題作「からくりアンモラル」から始まり、自己愛とタイムトラベルについての「あたしを愛したあたしたち」、異種間の愛を回想形式で描く「いなくなった猫の話」、作中一エログチャな「レプリカント色ざんげ」などなど。こうやって感想を書きつつぺらぺらと読み返してみると、どれもがバラエティに富んでいる。

 中でもお気に入りが「繰り返される初夜の物語」と「ナルキッソスの娘」。「繰り返される初夜の物語」は記憶を上書きされるアンドロイドというSFとしてはかなりベタな設定をうまく調理している作品で、最後の四行が酷く悲しくも美しい。「ナルキッソスの娘」は、本書の中で最もコミカルで完成度の高い作品。まるでコントのような最後のオチにはつい笑ってしまった。またこの作品集には珍しく性描写がない作品でもある。

 さほどSF要素は濃くないし、ジャンルに拘泥しないのならかなり良い作品だと思う。


2012年9月24日月曜日

京極夏彦「絡新婦の理」



 理に巣喰うは最強の敵――。
京極堂、桜の森に佇(た)つ。

当然、僕の動きも読み込まれているのだろうな――2つの事件は京極堂をしてかく言わしめた。
房総の富豪、織作(おりさく)家創設の女学校に拠(よ)る美貌の堕天使と、血塗られた鑿(のみ)をふるう目潰し魔。連続殺人は八方に張り巡らせた蜘蛛の巣となって刑事・木場らを眩惑し、搦め捕る。中心に陣取るのは誰か?シリーズ第5弾。



 「じょうろうぐものことわり」と読みます。このシリーズのタイトルって、基本初見じゃ読めないですよね。

 鈍器と称される程に分厚いこのシリーズもついに五冊目に突入したわけですが、今回も例に漏れず登場人物が多く、複数の事件が並行で進んでいくため物語もかなり複雑。一回読んだだけでは理解できない点(あの人って誰?等々)や他の巻に出てきた登場人物との意外な繋がりもあったりして、完璧に理解するためには再読どころか、「姑獲鳥の夏」から読み返すべきなのかもしれない。でも次回作も早く読みたいし……とかなり贅沢な悩み。ああ、お金よりも時間がほしい。

 まあ、そんなことを嘆いてもアレなので、作品について語ることにする。今回の京極堂の蘊蓄のテーマは「女性」。9章10章で京極堂は作中で起こった売春やら夜這いをジェンダー問題などと絡めて語っていくんだけど、京極堂の衒学は事件と切り離して読んでもやっぱり面白い。作中では民俗学者の柳田国夫は性風俗についてはあまり研究をしていなかったということが語られていて、そのこと自体は知っていたんだけど、そういった忌避の感情が性差別に繋がっていくという発想は僕自身全く考えても見なかったものだったので、かなり新鮮だった。そして、衝撃の10章で呆然とさせられたところに11章。そして再び冒頭部分へ――と圧倒され続けて、今一上手い感想が浮かばない。先ほど書いたとおり僕自身理解できない部分も多々ありつつも、半ば無理矢理読み進めていたので、上手くかみ砕けているわけではないけど、確かにこれはシリーズの中でも、「魍魎の匣」と同じくらい、もしくはそれ以上の傑作なのは間違いない。

2012年9月11日火曜日

秋山瑞人「猫の地球儀 その2 幽の章」





 以下、ネタバレとか入ってます。








 この猫の地球儀2作目を読んで思ったのが、結局この物語は猫でもSFでもなくて、夢の物語だっただんだなってこと。夢を叶えることについてや、それに伴う代償、そもそも夢とはなんなのか。それらについて非常に考えさせられる内容だった。

 ……と書くと妙に小難しく聞こえるけど、単純に「泣ける」物語として見ても結構秀逸なんじゃないかと思ったり。残されたキャラクターが遠くへ行ってしまった人のことを思うというのはべたべたながらも好きで、エピローグはかなりうるっときた。

 楽の死も読んだ直後は「アレは夢の代償について幽が考えるためのきっかけを作る演出の為の一種の装置みたいなもんだろ」と思ってたんだけど、今、楽の死の部分を読み返したら普通に泣きそうになってびっくり。読んでる途中はあんまり思い入れのないキャラクターだったんだけど、今思えば、この物語には楽という存在が必要不可欠だったのかもしれない。

 副題に幽の章とある通り、主要キャラクターである幽に焦点が当たっていて、本編最後あたりの焔の描写が少なかったのがやや残念ではあったものの、それを差し引いてもとっても良い作品。特に後半の僧正の幽に対する叱責は、かなり来るものがあって、作中では一番この場面が印象的だった。

 これが今から十年以上前の作品かあ。ライトノベルって古い作品はほとんど増刷されないイメージがあるから、どうせならこういう古き良き作品こそ再版とは言わないものの、電子書籍化くらいはして欲しいよなあ。

2012年9月8日土曜日

橋本和也「世界平和は一家団欒のあとに」



星弓家の兄弟姉妹は、みんな特殊なチカラを持っている。彩美。自称運び屋。魔法を自在に操る。七美。無敵。宇宙スケールで戦うバカ。軋人。生命の流れを思 いのままにする。軋奈。生命を創り出す力を持っていた。美智乃。大食漢。回復魔法の使い手。刻人。正義漢。優しいけれど怪力。彼らは世界の危機をめぐる事 件に巻き込まれ、否応なくそれを解決しなければならない星のもとに生まれていた。あるとき長男の軋人は自らと世界と妹の、三つの危機に同時に直面するが ―。世界平和を守る一家が織りなす、おかしくてあたたかい物語。第13回電撃小説大賞「金賞」受賞作。 


  アメコミのスーパーヒーローみたいな超能力を持った一家の物語。といっても、この小説で描かれているのは、悪の組織との死闘でも、地球侵略をたくらむ宇宙人との抗争でもなく、あくまでホームドラマ。世界の危機は簡単に救えても、家族の危機は簡単には救えないと言うところが面白い。

 最初は俺tueeeな中ニ病設定の主人公が受け付けなかったものの、中盤にかけてのヒロインなんて知ったことかと家族のためにがんばる姿はかなり良かった。というか、主人公に限らずほかのキャラクター造形もかなり良い。まあ、主要人物となる家族が多いし、内容的にも必然的にスポットの当たる人物は限られていたけど、それはページ数的に仕方ないのかなと。その辺りは続刊でということだろう。個人的には、外見に反して熱血な次男の刻人と、ヒロインで存在感はある癖にストーリー上はほとんど活躍していない香奈子が好み。

 家族愛がテーマとなっていて中にはそれなりに暗い所もあったけど、ライトノベル的な軽さがそれらを緩和していて、読みやすくも心がほっこりする作品だった。文章の軽さが気にならないのなら、ラノベ以外が主食の人でもぜんぜん楽しめる作品だと思う。

 ちなみにイラストは、とある漫画のジャンルで有名なさめだ小判さん担当。決して表紙買いではないけど(強調させて)、表紙もかなり良くて気に入ってます。うーん、次巻も買っちゃおうかなあ。



2012年9月1日土曜日

平山夢明「独白するユニバーサル横メルカトル」



タクシー運転手である主人に長年仕えた一冊の道路地図帖。彼が語る、主人とその息子のおぞましい所行を端正な文体で綴り、日本推理作家協会賞を受賞した表 題作。学校でいじめられ、家庭では義父の暴力に晒される少女が、絶望の果てに連続殺人鬼に救いを求める「無垢の祈り」。限りなく残酷でいて、静謐な美しさ を湛える、ホラー小説史に燦然と輝く奇跡の作品集。


 タイトルが強烈な8篇からなる短編集。

 このミスで一位だった作品らしいんだけど、全体的な傾向としてはミステリーよりもむしろサイコホラー色が強く、大半が気分が悪くなるくらいにグロテスクなものであり、かなり読み手を選ぶ。特に最後の「怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男」はあまりに残酷すぎて、本気で読むのをやめようかと思ったくらい。

 そういう血なまぐさい要素を除けば、基本的にホラーテイストながらもおとぎ話やSFっぽい要素も入ってたりしてかなりバラエティに富んだ作品群で、結末にあっと言わせるような展開が多く、どことなく星新一っぽさを感じた。

 ただ、どれも悲惨な結末であることが前提であるため、一気に読むと少し食傷気味になる。本当は一つ一つ間を空けて読んだ方がいいんだろうけど、読んでいて気持ち悪くなってきた僕はさっさと読み終わりたくて仕方がなかった。面白いんだけど、二度と読み返したくないというかなり印象的な作品だった。

 この作品が気に入った人は、多島斗志之の「少年たちのおだやかな日々」も読んでみるといいかもしれない。こっちはあんまりグロくはないけど、どれも救われない短編集という点で共通している。