2012年12月5日水曜日

綾里けいし「B.A.D. 1 繭墨は今日もチョコレートを食べる」



 「小田桐君。理由なく人を殺せるぐらいでないと、狂っているうちには入らないさ」チョコレート片手に、彼女はそう僕に告げた。傲慢で冷酷で我が侭な偏食 家。そして、紅い唐傘を手にゴシックロリータを纏い、僕の絶望に突き放した微笑を浮かべる14歳の異能の少女、繭墨あざか。けれども、あの満開の桜の下、 彼女は言った。僕の傍にいてくれると―。第11回えんため大賞優秀賞。残酷で切なく、醜悪に美しいミステリアス・ファンタジー開幕。 



 なんというか、奈須きのこの「空の境界」に京極夏彦の「百鬼夜行シリーズ」や乙一の「Goth」なんかをぶち込み煮込んで上手く発酵させた感じ。自分でも何言ってるかわかんないけど、グロテスクな事件を通して人の狂気を描いていくって所が共通しているような気がする。

  あらすじにミステリアス・ファンタジーとありますが、配分としては「ミステリ:ファンタジー=3:7」くらいな作品。というかむしろホラー。
 幽霊や超能力じみたモノが存在している上に、推理を楽しむ要素はないけれど、ミステリ的などんでん返しを多用している点は非常に良かった。ただその分エグい描写や救われない展開が多いため、人を選ぶ作品でもあるとは思う。個人的にはドツボだったので、一気に読んでしまった。

 主人公とヒロインの関係についても、恋愛感情などを感じさせるようなものではない(むしろヒロインが嫌われているくらい)のも好感が持てた。ドロドロした世界観も独特だし文章も巧いし構成も完璧だしで、これがデビュー作だとは思えないほどに引き込まれる素晴らしい作品。やっぱり筆力のある人って凄いなあ。くそぅ、羨ましい。

2012年12月2日日曜日

丸山くがね「オーバーロード2 漆黒の戦士」



異世界に転移して約1週間。アインズと戦闘メイドのナーベラルは、城塞都市エ・ランテルに「冒険者」として潜入していた。目的はこの世界の情報収集および エ・ランテルでの名声。二人は薬草採取の依頼をうけ、「森の賢王」なる魔獣がひそむ森へと向かう。同じ頃、エ・ランテルにしのびよる邪悪な秘密教団の 影…。最凶の女戦士と、偏執の魔法詠唱者が操るアンデッドの群れが鎧を纏ったアインズの前に立ちはだかる。



  web小説発のネトゲ最強物の第二巻。相変わらずハイファンタジーを感じさせる滅茶苦茶格好いい表紙になっています。個人的にはクレマンティーヌさんのビッチっぽいキャラデザインが超ツボだったり。

 今回は街に冒険者として潜入したアインズと戦闘メイドのナーベラルの話。世界の実地調査を目的に、冒険者ギルドの依頼をこなすことになった二人がとある陰謀に巻き込まれていくという流れになっており、道中で相変わらず容赦ない俺tueeeが展開されます。戦士職じゃないのにグレートソードを振り回すアインズ様カッケー。あと、森の賢王が予想外に可愛すぎて萌えた。

 それだけに街に帰ってきてからのシリアスさがかなり濃厚で、描写としてはアッサリしていたものの展開自体はかなりハード。勿論アインズとナーベラルはほとんど不利益を被ってはいないものの、その他(主に漆黒の剣)の面々が……。でも、こういう残酷というかダークな展開もこの小説の魅力なんだと思う。

 web版と比べても話の流れが大きく変わっていて、それだけにこの幕引きは卑怯。次はおそらくシャルティアメインの物語になるのかな。うーん、春が楽しみだなあ。


 

2012年11月25日日曜日

萬屋直人「旅に出よう、滅びゆく世界の果てまで。」



世界は穏やかに滅びつつあった。「喪失症」が蔓延し、次々と人間がいなくなっていったのだ。人々は名前を失い、色彩を失い、やがて存在自体を喪失してい く…。そんな世界を一台のスーパーカブが走っていた。乗っているのは少年と少女。他の人たちと同様に「喪失症」に罹った彼らは、学校も家も捨てて旅に出 た。目指すのは、世界の果て。辿り着くのかわからない。でも旅をやめようとは思わない。いつか互いが消えてしまう日が来たとしても、後悔したくないから。 記録と記憶を失った世界で、一冊の日記帳とともに旅する少年と少女の物語。 




 あらすじにある通り、「喪失症」という人が生きた存在ごと消し去ってしまう病気が蔓延した世界を、カブに乗って旅する少年と少女の物語。ちょくちょく2chとかで話題に出るので買ってみた。

 物語として派手な起伏がなくあくまで淡々と進んでいくため、この小説の雰囲気が好きになれるかどうかで評価は変わってくると思う。個人的にこの手の終末系というか、寂寥感のある雰囲気の物語はかなり好きなので楽しんで読むことができた。

 作品自体は大まかに三章で構成されており、旅人の主人公コンビがその土地で出会った人々と交流するという形式は同レーベルの「キノの旅」を彷彿とさせるけど、「キノの旅」と違ってこちらはみんな前向きというか、全体的にいい人しかいない。そもそもほぼ初対面(?)な高校生の男女が旅をするなんて設定なのだから、その辺りに突っ込みをいれるのは野暮なのかも。
 
 Wikipediaで調べてみたところ、この小説は続巻予定があるらしいんだけど、一向に出る気配はない(初版が出たのは2008年)。でも、これはこれで結構きれいに終わっている気もするし、次の話はなくてもいいのかなとは思う。二人の旅の結末は読者の皆様のご想像にお任せします、みたいな。
 そういうところも含めて、かなりお気に入りな一冊。やっぱりライトノベルって単巻モノがいいよね。

2012年11月5日月曜日

竜ノ湖太郎「問題児たちが異世界から来るそうですよ?YES! ウサギが呼びました!」



 世界に飽きていた逆廻十六夜に届いた一通の招待状。『全てを捨て、“箱庭”に来られたし』と書かれた手紙を読んだ瞬間―完全無欠な異世界にいました!そこ には猫を連れた無口な少女と高飛車なお嬢さま、そして彼らを呼んだ張本人の黒ウサギ。ウサギが箱庭世界のルールを説明しているさなか「魔王を倒そうぜ!」 と十六夜が言いだして!?そんなこと黒ウサギは頼んでいないのですがっ!!超問題児3人と黒ウサギの明日はどっちだ。



 タイトルから漂う地雷臭に反して、内容は意外にも普通に異世界ファンタジーをやっていたので驚いた。

 おおまかなあらすじとしては、異世界から召還された主人公三人が衰退したコミュニティを再興し、奪われた仲間たちを取り返すために、魔王を打倒を目標に敵と戦っていくというかなり王道な物語。萌えキャラやサービスシーンはあれど、ラブコメ要素はなく、単に俺tueeを楽しむ小説といった印象。世界最強クラスだった主人公たちでも適うかどうか分からないような魔王の存在など、これからは敵もインフレしてきそうで楽しみ。

 主人公たちの目標は明確であるものの、神話やら童話やらを練り込んだ世界観やギフトという設定も凝っていて、それだけに、もうちょっと表紙を一般向けというか、「とある魔術の禁書目録」みたいな中高生層にも受ける感じにしても良かったのではないかと思う。ちょっとこの表紙だと、単なる萌えラブコメみたいな印象しか受けない。黒ウサギは確かに可愛いけどね!

 一巻だけでは、主人公たちの過去が殆ど語られることなく、各々の能力に説得力が感じられなかったのが残念だけど、もはや最近のライトノベルは続刊ありきのストーリー構成をしていることが多い(ライトノベルはそういうところも非常に漫画的だと思う)ので、そのあたりはこの先に期待したい。

2012年10月16日火曜日

野尻抱介「ふわふわの泉」




 浜松西高校化学部部長・浅倉泉の人生の目標は“努力しないで生きること”。文化祭を前に泉は、ただ一人の部員・保科昶とフラーレンを生成する化学実験を行 なっていた。そのとき学校を雷が直撃!実験失敗と落胆する泉の眼前には空気中に浮かぶシャボン玉のような粒子が生まれていた。ダイヤモンドより硬く空気よ り軽いその物質を泉は“ふわふわ”と名づけ、一儲けしようと考えるのだが…伝説の星雲賞受賞作、ついに復刊。


 空気より軽くダイヤモンドよりも硬い、もしもそんな物質があったら――というハードSFで、長らく絶版状態だったのが、最近ハヤカワ文庫から復刊したため購入。

 元々はライトノベルレーベルであるファミ通文庫から出された作品ということで、物語の構成や物質についての考察などはかなり綿密ではあるものの、全体的にはかなりライトな雰囲気を感じた。

 またこの作品は、主人公が文化祭準備の際に謎の物質を偶然生み出してしまったことから始まり、それから三年後、最終的には更に二年後とばんばん時系列が飛んでいく。そこには主人公たちの成長や関係性などにはほとんど焦点が当たっておらず、描かれているのはあくまで「ふわふわ」を使って、何処まで人は行けるのかという点のみ。

 そのため科学要素がかなり多く、文系の自分には分からない用語もかなり頻出。SFというジャンル自体はかなり好みなので、読む側としてその辺りの知識的な部分の不足が非常に悔しい。化学的な知識さえあれば、もっと楽しむことができたんだろうと思う。

2012年10月8日月曜日

阿部共実「空が灰色だから」 3巻



 各地でひっそりと話題沸騰中、心を揺さぶられるオムニバス「空が灰色だから」。一巻は赤色、二巻は黄色ときて、三巻の表紙は青色。三冊並べてみると信号みたいだけど、中身は三冊とも一貫して黄色信号。読んでいると心が不安になる感じが似てるような、似てないような。

 今回は全体的に暗い話が多めな印象を受けた。というか、「異常な人」を主軸にした物語が多くなった結果、こういう方向性になってしまったという感じ。

 例えば、「歩く道」の主人公なんかは、学校にまじめに通う生徒をバカにし、他人に対する理由のない優越感をアイデンティティーとしている。彼の台詞に「だいたい学校なんて自分を持ってない抜け殻みたいな輩が答えを求めて通うところだ」なんてのがあるんだけど、作中ではそのアイデンティティーの象徴である壁を上り、その先の風景を目の当たりにすることで、自身のアイデンティティーが空っぽだったことに気づく。つまり、まさに彼自身がまさに「自分を持ってない抜け殻みたいな輩」だったわけなんだけど、そこにはある種の笑えない滑稽さがあって、かなりドキッとしてしまう。 

 この作品はこういう「異常」と「普通」の距離感を非常に大切にしていて、その間から生じたなんとも形容し難いズレこそが、この面白さのキモなんだと思う。そして、特にこの巻にはそれを感じさせる物語が多いように感じた(というかほとんどなんだけど)。

 とまあ、「空が灰色だから」の三巻というよりも、この作品の総評みたいな書き方になってしまったけど、今回の感想はこんな感じで終わり。四巻も楽しみに待ってます。

 ……にしても、毎回、収録されている最後の話がわかりやすいほど狂気じみてるんだけど、これって意図してやってるんだろうか。うーん、謎だ。

2012年10月6日土曜日

神林長平「言壺」


 『私を生んだのは姉だった』

小説家の解良(けら)は、万能著述支援用マシン“ワーカム”から、言語空間を揺るがす文章の支援を拒否される。
友人の古屋は、解良の文章が世界を崩壊させる危険性を指摘するが・・・・・

「綺文」ほか、地上800階の階層社会で太古の“小説”を夢見る家族の物語「没文」、
個人が所有するポットで言葉を育てる世界を描いた「栽培文」など
9篇の連作集にして、神林言語SFの極北。

第16回日本SF大賞受賞作




 『私を生んだのは姉だった。』

 この一文を発端とした言語と人間の戦いを描いた言語SF……でいいのかな。
 題名のとおり「言葉」をテーマにした作品。前に読んだ雪風はすらすらと読めたんだけど、今回は結構難しくて読むのにだいぶ苦労した。流石に解説を書いている円城塔の「Boy’s Surface」ほどではなかったけど(というかあれはもう理解するのを放棄した)、「乱文」辺りは読んだ気になっているのだけで、実際は十分の一も理解できなかったような気がする。

 小説家が作中に登場するワーカムという万能ワードプロセッサーにこのおかしな一文を無理矢理認証させたことで、言語空間が崩壊していく――というのがこの作品の冒頭に収録された「綺文」のおおまかなあらすじ。短編集ではあるもののすべての作品はここから始まっており、こういう独創的な発想は流石。というか、1994年というまだそこまでインターネットも発達してなかったような時代にこんな傑作を書けたことには驚きを隠しきれない。

 それにしても、最後の「碑文」の我とは誰なんだろう。作者なのか、栽培文の娘なのか、それとも、言葉そのものなのか。