2012年8月27日月曜日

秋山瑞人「猫の地球儀 焔の章」



 スカイウォーカーであると言うだけで宣教部隊に殺される時代。三十六番目のスカイウォーカー朧が残したロボットと彼の人生のすべてが詰まったビンを拾った のは、朧の予言通り、三十七番目のスカイウォーカー幽でその幽は一匹のちっぽけな黒猫だった―。史上最強の斑は過去四年に渡りスパイラルダイバーの頂点に 君臨し続け、斑に挑戦することはすなわち、死であると言われたその斑に勝利したのは二千五百三十三番のスパイラルダイバー焔でその焔は一匹の痩せた白猫 だった―。そんな幽と焔が出会ったとき、物語は始まる…。SFファンタジー。

 秋山瑞人といえば、「イリヤの空、UFOの夏」などで有名なSF作品を得意としているライトノベル作家で、最近あまり作品を出していないにも関わらず根強いファンが多いという印象。僕は初めて彼の作品を読んだんだけど、かなり凝った設定とストーリーをライトノベルらしいちょっと軽めの文体とキャラクターを用いつつ表現しているところは、確かに非常に面白い。特にガリレオ・ガリレイの時代を彷彿とさせるような、宗教と科学の対立という構造は秀逸だなと思った。宗教による科学の弾圧は、宗教の利権という点ではなく、科学の与える影響を考慮した上で行っているというのは僕としてはかなり新鮮な観点だった。

 本書はライトノベルという形ではあるものの、挿し絵自体は少なく、章と章の間でしか挿入されていない(そのイラストも本編に直接関係のない小ネタのようなものである)ため、ライトノベルが苦手な人でも読むことができる。「夏への扉」に比べるとかなりファンシーではあるけれども、猫とSFが好きな人にはお勧めの一冊でした。

2012年8月25日土曜日

三津田信三「首無の如き祟るもの」




奥多摩の山村、媛首村。淡首様や首無の化物など、古くから怪異の伝承が色濃き地である。三つに分かれた旧家、秘守一族、その一守家の双児の十三夜参りの日 から惨劇は始まった。戦中戦後に跨る首無し殺人の謎。驚愕のどんでん返し。本格ミステリとホラーの魅力が鮮やかに迫る。「刀城言耶」シリーズ傑作長編。 





 ちょっとネタバレです。













 刀城言耶シリーズ第二弾。ちなみに一巻は未読。

 なんでもネットで調べたところによると、このシリーズはどこから読んでもいいらしく、一巻よりもこの『首無~』の方が読みやすいらしいので、こちらを先んじて購入。

 オカルトが関わってくるミステリーということで、どことなく京極夏彦の百鬼夜行シリーズを彷彿とさせるなあとあらすじやらを見つつ思っていたけど、実際は百鬼夜行シリーズ程に衒学趣味にはそこまで傾倒せず、あくまで本格ミステリーとして書かれてある作品だった。

 二重のすり替わりトリックや、メタ構造を使ったミスリードも非常に良かったし、真犯人に次ぐ真犯人というのも面白い。最後にホラーテイストでの占め方もにやりとしてしまったし、ミステリーであえて謎を残すってのもこういう形だと悪くないなあ。

KAKERU「魔法少女プリティ☆ベル」 1巻




 ……な、なんだこれは(驚愕)。

 最近の魔法少女といえば、「なのは」やら「まどか」やらが有名ですが、その魔法少女界に新たな一ページを刻みそうなニューウエーブが登場。

 それがこの、魔法少女プリティ☆ベル。

 といっても、この表紙に描かれている少女がプリティ☆ベルという訳ではない。魔法少女プリティ☆ベルへと変身するのは、35歳ボディービルダー高田厚志(♂)。合気道とプロレス経験者である彼が変身するプリティベルは、ポージングを決めることによって全身の筋肉からビームを出したりする体育会系魔法少女で、どう考えても魔法少女ではない。一話の筋骨隆々のマッシブな漢の変身シーンなんかは、夢に出てきそうなくらいに衝撃的で、白けきった通行人たちがいい味を出していた。

 そして、更に驚きなのが、主人公がこんなに酷い出落ち設定(誉め言葉です)であるにもかかわらず、それを真剣なバトルものとして描いているところ。3話なんか変身もせずにただ男同士で殴り合ってるだけだし。

 1巻を読んだだけではまだ分からないけど、もう既に7巻まで出てるのとか色々と複線とか張られてるのとかを考えると、この先もバトル路線で続ける感じっぽい。

 にしても、この漫画を純粋に前情報なしで表紙買いした人は、どんな気分なんだろう……。

2012年8月19日日曜日

中井英夫「虚無への供物」




黒ビロードのカーテンは、ゆるやかに波をうって、少しずつ左右へ開きはじめた。―十二月十日に開幕する中井文学。現実と非現実、虚実の間に人間存在の悲劇 を紡ぎ出し、翔び立つ凶鳥の黒い影と共に壁画は残された。塔晶夫の捧げた“失われた美酒”、唯一無二の探偵小説『虚無への供物』を―その人々に。


 以下、ネタバレ注意。














 「ドグラ・マグラ」、「黒死館殺人事件」と三代奇書のうちの一つ。まだ「黒死館殺人事件」の方は未読なので、そっちと比較することはできないんだけど、「ドグラ・マグラ」よりはだいぶ読みやすい作品だった。といっても、やっぱり内容は結構難しいし、ページ数も多く、かなり四苦八苦しながら読んだ印象。
 五十年近くも前に「読者が犯人」という要素に挑戦したというだけでも、十分に「奇書」と賞されるだけのことはあるなあ。ただ、この作品を読むためには、ある程度ミステリーファンとしての教養があることが前提となっていて、その条件を僕自身が満たしていなかったのが残念だった。うーん、もうちょっと、古い作品も読んでみるべきだよなあ。

2012年8月14日火曜日

渡瀬草一郎「空ノ鐘の響く惑星で③」

 


第二王子レージクの即位表明によって追われる身となった第四王子フェリオ。だが、フェリオは囚われた貴族や師匠、ウィスタルを救うべく、密かに王都へ舞い 戻り人質救出の機会をうかがっていた。そこにフェリオの性格を良く知るレージクの準備した恐るべき陰謀が待ち構えているとも知らず…。果たして、フェリオ の運命は―?一方、潜伏行動を続ける来訪者達の前に司教カシナートの使者が訪れる。力を持つ者と望む者の接触―来訪者達の選ぶ道は?話題の異世界SFファ ンタジー第3弾。
 シリーズ第三弾。
 全十二巻(+外伝一冊)のうち四分の一まで進んだということで、ようやく起承転結の起が終わった感じかな。

 今回は2巻に続き、多数の視点で繰り広げられる戦略・策謀が一番の見所。物語としてはあまり進んではないんだけど、第二王子レージクの過去やウィータ神殿の動向が語られたりと、これから物語が展開していくために必要な準備をしている印象を受けた。

 相変わらず平易で読みやすい文章だし、ちょっとストーリーには派手さがないものの、巻を重ねるごとに面白くなっていっている。敵味方の対立構造も段々とはっきりしてきたし、これから派手に盛り上がることに期待。

 ところで、リセリナのヒロイン力が完全にウルクより劣ってるんだけど、次巻ではどう巻き返してくるのだろうか。最後の最後でようやくフェリオたちと合流したのだから、そこらへんも結構楽しみだったり。

2012年8月13日月曜日

清涼院流水「ジョーカー 涼」





陸の孤島・幻影城で続く装飾的不可能殺人事件。あまりにも深い謎と暗示に隠されていた驚愕の真相は。


 ネタバレ注意。












 いやいやいや……なんだこれ。わけが分からない。

 一冊を通して散々推理される言葉遊びはこじつけにしてはやけに膨大で、下らないなーと思いつつ読み進めていったら……最後はどうなってんだ?これミステリーなのか?途中のトリックをほったらかすのはまだいいとして(本当はよくないけどさ)、いくらなんでも犯人が「だれでもいい」ってのは酷すぎる。それとももしや、最後にコズミックに続くとあるので、そっちで何らかの決着が付くんだろうか。……つかないよなあ。

 どっちにしても、こんな本を出版しようと思った講談社は凄いと思う。確かに言葉遊びは凄いけど、こんなのミステリーマニアに叩かれるに決まってるだろ。

 作者としては、作中でも散々出ている通り、四大奇書っぽいものを書きたかったんだろうけど、できあがったのがこれってどうなんだろう。確かに奇書ではあるけど、読む価値があったかというと、ぶっちゃけ、ない。ただひたすらに徒労感でいっぱいです。

 だがそれでも、ここまで来たからには読まないといけない、という使命感にも似ている感情が生まれてきているのも事実なので、頑張るしかない。次はコズミックの下巻。どのような読書体験が待っているのか、怖くもあり、恐ろしくもあり、ちょっとだけの期待もありで、複雑な気分で満ちあふれています。

2012年8月12日日曜日

十文字青「薔薇のマリア〈1〉夢追い女王は永遠に眠れ」


 
 

九頭竜大骨格と呼ばれる巨大竜の骨が“蓋”となり、異界生物を封じ込めている地下空間に、財宝を求め危険を顧みず潜り込む集団がいた。クランZOO。美し くも頼りないマリアローズを筆頭に今日も万全(?)の態勢でお宝GET!?…のハズだったのに!!分断の危機、思わぬ敵との遭遇と、幾度のピンチをへてメ ンバーが見たものは、戦慄の魔導女王が誘う“哀しき夢”だった!?優しき“侵入者”マリアと仲間たちの最高な物語、堂々開始。 






 何気に前から気になっていたシリーズ。ちょっと調べてみたら、既にもうシリーズ20冊以上出てるみたい。

 ファンタジー小説というよりは、ウィザードリィや世界樹の迷宮を彷彿とさせるようなダンジョン小説といった感じ。戦略を練りつつ、仲間と協力しながらダンジョンを進んでいくような手に汗握る感じが好きなら絶対に楽しめると思う。個人的には、その手のダンジョンRPGはかなり好きなので、予想以上に楽しめた。

 また、あくまで主人公だけじゃなくて、パーティー全体のバランス感というか、チームワークを楽しむタイプの珍しい小説で、主人公が特殊な力などを一切持っていない、シビアな設定も緊張感があって良かった。主人公がヒロインの強さにぶら下がる図(もしくは逆)が多いライトノベルの中で、こういう皆で協力するというタイプはかなり珍しいと思う。

 1巻だけでは主要人物の謎がほとんど明かされないままで終わるので、物語としてはあくまで序章といった感じ。あまり気にせず読み進めれるけど、かなり専門用語も多く、世界観や設定も凝っている。あくまで続刊ありきみたいだから、この一冊で作品の雰囲気を把握するのは難しいように感じる。現に、1巻のほとんどがダンジョン内で進んでいくにもかかわらず、巻頭に世界地図が載ってたりするし。おそらくこの先、物語の舞台がダンジョン外に移ったりするんだろう。

 にしてもライトノベルで、編集部の解説って始めてみたなぁ。滝本竜彦以来の「特別賞」受賞って書いてあったし、それくらいプッシュされてるってことなんだろうか。

2012年8月5日日曜日

奈須きのこ「DDD 1」





感染者の精神だけでなく肉体をも変貌させる奇病、A(アゴニスト)異常症患者―俗に言う“悪魔憑き”が蔓延る世界。左腕を失った男、石杖所在と、漆黒の義手義足を纏い、天蓋付きのベッドで微睡む迦遼海江の二人が繰り広げる、奇妙な“悪魔祓い”



2巻を積んでいたのをすっかり忘れていたので、せっかくだからということで再読することにした。

奈須きのこが送る、月姫やFate/stay night、空の境界などのシリーズとはまったく異なる世界観の物語。何気に

西尾維新の化物語のオカルトと現実を重ね合わせたような部分が、京極夏彦の百鬼夜行シリーズに似てるなあと思ったけど、これもどこかそれを髣髴とさせる。もしかすると、これが奈須きのこなりの百鬼夜行シリーズに対するアプローチなんだろうか、なんて思ったり。

ちなみにファウストで不定期連載されていたんだけど、一向に新作が発表されることなく、そのままファウストは休刊に。なんでも、魔法使いの夜でのインタビューによると、DDDは魔法使いの夜完結後に書くということで、これ三巻出るのは一体何年後になるんだろう……。


以下、各話の感想。かなりのネタバレありです。











1.J the E.
最初の話は作中で語られる通り、アリカにとって三回目の事件(最初の事件は二巻に収録、その次は冒頭の木崎氏の事件)となる。悪魔憑きという設定自体がかなりダークなため、全体的に退廃的な雰囲気。月姫やFateよりも空の境界に近いと思う。
一話ということで、大まかな登場人物紹介を兼ねた物語になっている。

2.HandS.(R) / 3.HandS.(L)
2話と3話はそのまま続き。RがマキナでLがアリカを指しているのかな。ホモの新島ちゃんのタイプじゃない発言も何気に複線になってたのには笑った。
これは悪魔憑きというか、久織マキナの狂気が怖い。ホロウアタラクシアの冒頭もそうだったけど、なにげに奈須きのこってこういう背筋が寒くなるような話も上手いよなあ。
ちなみにこのシリーズでカイエに並んでキーパーソンっぽい、妹さん初登場回でもある。

4.formal hunt.
妹が起こした事件の顛末と、なぜアリカが妹に嫌われるようになったかを回想の形で描いた物語。現在視点で見ると、マトさんが悪魔憑きを確保するだけの話でもある。
書き下ろしということもあってか、この話だけ短い。


連載のしている雑誌の方向性もあってか、全体的にミステリっぽい。しかしながら、どれも「Aだと思われていた人物はBでした」みたいな叙述トリックばかりなので、なんだまたこのパターンかーという気分になったりするのが気になる。トリック(というか構成)自体はアレだけど、現代ファンタジーというか、伝奇物としてはかなり面白い。

設定に非常に癖がある一方で、文章自体は読みやすいので、個人的には空の境界よりもこっちの方が好きかな。

2012年8月3日金曜日

阿部共実「空が灰色だから」 2巻




心がざわつくオムニバス短編集その2。
1巻と同じく十二話収録で、話の割合としては前巻よりもややダークな話が多めな印象。1巻もかなりクオリティーが高かったのだけど、今回はその平均値さえも大きく上回っている。

2巻を読んで思ったのが、この作者は台詞や一コマ一コマを印象的に描くことが抜群に巧いということ。例えば、「金魚」の最後のコマでの少女の後姿や、「こわいものみたさ」の『とれちゃった』という台詞など、あえて詳しいことは描かずに読者に想像させるという手法が非常に効果的。読んだ人はわかると思うけど、後者なんかはこの巻では最も印象に残る台詞だと思うし、また、小学生が不良にカツアゲされる「ニッポン嗚呼~」なんかも、最後までコメディだと思わせておいてのあのコマ・展開であるため、衝撃的なトラウマになる。

というか、今回は「こわいものみたさ」、「ニッポン嗚呼~」、「世界の中心」とかなりトラウマ回が多い気がする(そしてその三つともどれもが方向性が異なっているのが面白い)。

だけどそんな一方で、人の話を聞くのが好きな女の子と、話したいことがありすぎて複数の話題を平行して話してしまうクラスメイトの「こんなにたくさんの話したいことがある」なんかもまた別のベクトルの快作であり、文字だけでは表現できない、漫画特有の狂った美しさが冴えていた。

そんないろんな意味でハートフルな短編集、「空が灰色だから」。1巻に続きお勧めです。

2012年8月1日水曜日

清涼院流水「ジョーカー 清」




屍体装飾、遠隔殺人、アリバイ工作。作中作で示される「推理小説の構成要素三十項」を網羅するかのように、陸の孤島・幻影城で繰り返される殺人事件。「芸術家」を名乗る殺人者に、犯罪捜査のプロフェッショナルJDC(日本探偵倶楽部)の精鋭が挑む。


 いきなり冒頭部分で「この物語の最初から数ページ以内にあなたは完全にダマされる」とある、かなり挑戦的な本書。本書は、「ジョーカー 旧約探偵神話」を文庫化の際に二冊に分割したうちの上巻。ちなみに同作者の「コズミック 流」の前書きで、「コズミック 流」→「ジョーカー 清」→「ジョーカー 涼」→「コズミック 水」というなんとも奇妙な読み方を推奨されたため、素直にそれに従って読んでます。

今回は、「流」の方では最後のほうでちらっとしか登場しなかったJDCの探偵が序盤から数多く登場。「流」が密室殺人を箇条書きのように淡々と描写するだけだったのに比べると、連続事件がどんどん展開されていく本書はちゃんとミステリーとして読めて嬉しい。しかし、最初の部分でミステリーの歴史が語られたり、これまでの物語は全て作中の登場人物が書いたノンフィクションの小説でしたー、みたいな要素があったりとどうもメタっぽい雰囲気。さすが大説、一筋縄ではいかない感じがぷんぷんしている。

また登場する探偵たちもかなり変わっていて、どれも少年漫画の必殺技みたいな推理方法を持っているというかなりトンデモな設定。でも、作中では別段そんな特殊な推理はしてないような気が……。それになんかその推理自体もただ言葉遊びをしているだけで、あまり推理自体が進展している気配がない。

といってもまだまだ上巻。前半部分で事件の真相が明かされるはずもないし、次の下巻でどのように事件が解決されるのかが楽しみ。……ちゃんと解決されるよね?