2012年12月5日水曜日

綾里けいし「B.A.D. 1 繭墨は今日もチョコレートを食べる」



 「小田桐君。理由なく人を殺せるぐらいでないと、狂っているうちには入らないさ」チョコレート片手に、彼女はそう僕に告げた。傲慢で冷酷で我が侭な偏食 家。そして、紅い唐傘を手にゴシックロリータを纏い、僕の絶望に突き放した微笑を浮かべる14歳の異能の少女、繭墨あざか。けれども、あの満開の桜の下、 彼女は言った。僕の傍にいてくれると―。第11回えんため大賞優秀賞。残酷で切なく、醜悪に美しいミステリアス・ファンタジー開幕。 



 なんというか、奈須きのこの「空の境界」に京極夏彦の「百鬼夜行シリーズ」や乙一の「Goth」なんかをぶち込み煮込んで上手く発酵させた感じ。自分でも何言ってるかわかんないけど、グロテスクな事件を通して人の狂気を描いていくって所が共通しているような気がする。

  あらすじにミステリアス・ファンタジーとありますが、配分としては「ミステリ:ファンタジー=3:7」くらいな作品。というかむしろホラー。
 幽霊や超能力じみたモノが存在している上に、推理を楽しむ要素はないけれど、ミステリ的などんでん返しを多用している点は非常に良かった。ただその分エグい描写や救われない展開が多いため、人を選ぶ作品でもあるとは思う。個人的にはドツボだったので、一気に読んでしまった。

 主人公とヒロインの関係についても、恋愛感情などを感じさせるようなものではない(むしろヒロインが嫌われているくらい)のも好感が持てた。ドロドロした世界観も独特だし文章も巧いし構成も完璧だしで、これがデビュー作だとは思えないほどに引き込まれる素晴らしい作品。やっぱり筆力のある人って凄いなあ。くそぅ、羨ましい。

2012年12月2日日曜日

丸山くがね「オーバーロード2 漆黒の戦士」



異世界に転移して約1週間。アインズと戦闘メイドのナーベラルは、城塞都市エ・ランテルに「冒険者」として潜入していた。目的はこの世界の情報収集および エ・ランテルでの名声。二人は薬草採取の依頼をうけ、「森の賢王」なる魔獣がひそむ森へと向かう。同じ頃、エ・ランテルにしのびよる邪悪な秘密教団の 影…。最凶の女戦士と、偏執の魔法詠唱者が操るアンデッドの群れが鎧を纏ったアインズの前に立ちはだかる。



  web小説発のネトゲ最強物の第二巻。相変わらずハイファンタジーを感じさせる滅茶苦茶格好いい表紙になっています。個人的にはクレマンティーヌさんのビッチっぽいキャラデザインが超ツボだったり。

 今回は街に冒険者として潜入したアインズと戦闘メイドのナーベラルの話。世界の実地調査を目的に、冒険者ギルドの依頼をこなすことになった二人がとある陰謀に巻き込まれていくという流れになっており、道中で相変わらず容赦ない俺tueeeが展開されます。戦士職じゃないのにグレートソードを振り回すアインズ様カッケー。あと、森の賢王が予想外に可愛すぎて萌えた。

 それだけに街に帰ってきてからのシリアスさがかなり濃厚で、描写としてはアッサリしていたものの展開自体はかなりハード。勿論アインズとナーベラルはほとんど不利益を被ってはいないものの、その他(主に漆黒の剣)の面々が……。でも、こういう残酷というかダークな展開もこの小説の魅力なんだと思う。

 web版と比べても話の流れが大きく変わっていて、それだけにこの幕引きは卑怯。次はおそらくシャルティアメインの物語になるのかな。うーん、春が楽しみだなあ。


 

2012年11月25日日曜日

萬屋直人「旅に出よう、滅びゆく世界の果てまで。」



世界は穏やかに滅びつつあった。「喪失症」が蔓延し、次々と人間がいなくなっていったのだ。人々は名前を失い、色彩を失い、やがて存在自体を喪失してい く…。そんな世界を一台のスーパーカブが走っていた。乗っているのは少年と少女。他の人たちと同様に「喪失症」に罹った彼らは、学校も家も捨てて旅に出 た。目指すのは、世界の果て。辿り着くのかわからない。でも旅をやめようとは思わない。いつか互いが消えてしまう日が来たとしても、後悔したくないから。 記録と記憶を失った世界で、一冊の日記帳とともに旅する少年と少女の物語。 




 あらすじにある通り、「喪失症」という人が生きた存在ごと消し去ってしまう病気が蔓延した世界を、カブに乗って旅する少年と少女の物語。ちょくちょく2chとかで話題に出るので買ってみた。

 物語として派手な起伏がなくあくまで淡々と進んでいくため、この小説の雰囲気が好きになれるかどうかで評価は変わってくると思う。個人的にこの手の終末系というか、寂寥感のある雰囲気の物語はかなり好きなので楽しんで読むことができた。

 作品自体は大まかに三章で構成されており、旅人の主人公コンビがその土地で出会った人々と交流するという形式は同レーベルの「キノの旅」を彷彿とさせるけど、「キノの旅」と違ってこちらはみんな前向きというか、全体的にいい人しかいない。そもそもほぼ初対面(?)な高校生の男女が旅をするなんて設定なのだから、その辺りに突っ込みをいれるのは野暮なのかも。
 
 Wikipediaで調べてみたところ、この小説は続巻予定があるらしいんだけど、一向に出る気配はない(初版が出たのは2008年)。でも、これはこれで結構きれいに終わっている気もするし、次の話はなくてもいいのかなとは思う。二人の旅の結末は読者の皆様のご想像にお任せします、みたいな。
 そういうところも含めて、かなりお気に入りな一冊。やっぱりライトノベルって単巻モノがいいよね。

2012年11月5日月曜日

竜ノ湖太郎「問題児たちが異世界から来るそうですよ?YES! ウサギが呼びました!」



 世界に飽きていた逆廻十六夜に届いた一通の招待状。『全てを捨て、“箱庭”に来られたし』と書かれた手紙を読んだ瞬間―完全無欠な異世界にいました!そこ には猫を連れた無口な少女と高飛車なお嬢さま、そして彼らを呼んだ張本人の黒ウサギ。ウサギが箱庭世界のルールを説明しているさなか「魔王を倒そうぜ!」 と十六夜が言いだして!?そんなこと黒ウサギは頼んでいないのですがっ!!超問題児3人と黒ウサギの明日はどっちだ。



 タイトルから漂う地雷臭に反して、内容は意外にも普通に異世界ファンタジーをやっていたので驚いた。

 おおまかなあらすじとしては、異世界から召還された主人公三人が衰退したコミュニティを再興し、奪われた仲間たちを取り返すために、魔王を打倒を目標に敵と戦っていくというかなり王道な物語。萌えキャラやサービスシーンはあれど、ラブコメ要素はなく、単に俺tueeを楽しむ小説といった印象。世界最強クラスだった主人公たちでも適うかどうか分からないような魔王の存在など、これからは敵もインフレしてきそうで楽しみ。

 主人公たちの目標は明確であるものの、神話やら童話やらを練り込んだ世界観やギフトという設定も凝っていて、それだけに、もうちょっと表紙を一般向けというか、「とある魔術の禁書目録」みたいな中高生層にも受ける感じにしても良かったのではないかと思う。ちょっとこの表紙だと、単なる萌えラブコメみたいな印象しか受けない。黒ウサギは確かに可愛いけどね!

 一巻だけでは、主人公たちの過去が殆ど語られることなく、各々の能力に説得力が感じられなかったのが残念だけど、もはや最近のライトノベルは続刊ありきのストーリー構成をしていることが多い(ライトノベルはそういうところも非常に漫画的だと思う)ので、そのあたりはこの先に期待したい。

2012年10月16日火曜日

野尻抱介「ふわふわの泉」




 浜松西高校化学部部長・浅倉泉の人生の目標は“努力しないで生きること”。文化祭を前に泉は、ただ一人の部員・保科昶とフラーレンを生成する化学実験を行 なっていた。そのとき学校を雷が直撃!実験失敗と落胆する泉の眼前には空気中に浮かぶシャボン玉のような粒子が生まれていた。ダイヤモンドより硬く空気よ り軽いその物質を泉は“ふわふわ”と名づけ、一儲けしようと考えるのだが…伝説の星雲賞受賞作、ついに復刊。


 空気より軽くダイヤモンドよりも硬い、もしもそんな物質があったら――というハードSFで、長らく絶版状態だったのが、最近ハヤカワ文庫から復刊したため購入。

 元々はライトノベルレーベルであるファミ通文庫から出された作品ということで、物語の構成や物質についての考察などはかなり綿密ではあるものの、全体的にはかなりライトな雰囲気を感じた。

 またこの作品は、主人公が文化祭準備の際に謎の物質を偶然生み出してしまったことから始まり、それから三年後、最終的には更に二年後とばんばん時系列が飛んでいく。そこには主人公たちの成長や関係性などにはほとんど焦点が当たっておらず、描かれているのはあくまで「ふわふわ」を使って、何処まで人は行けるのかという点のみ。

 そのため科学要素がかなり多く、文系の自分には分からない用語もかなり頻出。SFというジャンル自体はかなり好みなので、読む側としてその辺りの知識的な部分の不足が非常に悔しい。化学的な知識さえあれば、もっと楽しむことができたんだろうと思う。

2012年10月8日月曜日

阿部共実「空が灰色だから」 3巻



 各地でひっそりと話題沸騰中、心を揺さぶられるオムニバス「空が灰色だから」。一巻は赤色、二巻は黄色ときて、三巻の表紙は青色。三冊並べてみると信号みたいだけど、中身は三冊とも一貫して黄色信号。読んでいると心が不安になる感じが似てるような、似てないような。

 今回は全体的に暗い話が多めな印象を受けた。というか、「異常な人」を主軸にした物語が多くなった結果、こういう方向性になってしまったという感じ。

 例えば、「歩く道」の主人公なんかは、学校にまじめに通う生徒をバカにし、他人に対する理由のない優越感をアイデンティティーとしている。彼の台詞に「だいたい学校なんて自分を持ってない抜け殻みたいな輩が答えを求めて通うところだ」なんてのがあるんだけど、作中ではそのアイデンティティーの象徴である壁を上り、その先の風景を目の当たりにすることで、自身のアイデンティティーが空っぽだったことに気づく。つまり、まさに彼自身がまさに「自分を持ってない抜け殻みたいな輩」だったわけなんだけど、そこにはある種の笑えない滑稽さがあって、かなりドキッとしてしまう。 

 この作品はこういう「異常」と「普通」の距離感を非常に大切にしていて、その間から生じたなんとも形容し難いズレこそが、この面白さのキモなんだと思う。そして、特にこの巻にはそれを感じさせる物語が多いように感じた(というかほとんどなんだけど)。

 とまあ、「空が灰色だから」の三巻というよりも、この作品の総評みたいな書き方になってしまったけど、今回の感想はこんな感じで終わり。四巻も楽しみに待ってます。

 ……にしても、毎回、収録されている最後の話がわかりやすいほど狂気じみてるんだけど、これって意図してやってるんだろうか。うーん、謎だ。

2012年10月6日土曜日

神林長平「言壺」


 『私を生んだのは姉だった』

小説家の解良(けら)は、万能著述支援用マシン“ワーカム”から、言語空間を揺るがす文章の支援を拒否される。
友人の古屋は、解良の文章が世界を崩壊させる危険性を指摘するが・・・・・

「綺文」ほか、地上800階の階層社会で太古の“小説”を夢見る家族の物語「没文」、
個人が所有するポットで言葉を育てる世界を描いた「栽培文」など
9篇の連作集にして、神林言語SFの極北。

第16回日本SF大賞受賞作




 『私を生んだのは姉だった。』

 この一文を発端とした言語と人間の戦いを描いた言語SF……でいいのかな。
 題名のとおり「言葉」をテーマにした作品。前に読んだ雪風はすらすらと読めたんだけど、今回は結構難しくて読むのにだいぶ苦労した。流石に解説を書いている円城塔の「Boy’s Surface」ほどではなかったけど(というかあれはもう理解するのを放棄した)、「乱文」辺りは読んだ気になっているのだけで、実際は十分の一も理解できなかったような気がする。

 小説家が作中に登場するワーカムという万能ワードプロセッサーにこのおかしな一文を無理矢理認証させたことで、言語空間が崩壊していく――というのがこの作品の冒頭に収録された「綺文」のおおまかなあらすじ。短編集ではあるもののすべての作品はここから始まっており、こういう独創的な発想は流石。というか、1994年というまだそこまでインターネットも発達してなかったような時代にこんな傑作を書けたことには驚きを隠しきれない。

 それにしても、最後の「碑文」の我とは誰なんだろう。作者なのか、栽培文の娘なのか、それとも、言葉そのものなのか。

2012年9月25日火曜日

大武政夫「ヒナまつり」 2巻



  サイキック少女とヤクザという異色の組み合わせのギャグ漫画第二巻。今回も基本一話完結となっており、新たに登場したサイキッカー少女のアンズを中心に構成されている。

 新キャラのアンズはヒナを始末するためにやってきた追っ手という設定なんだけど、そこは流石のギャグ漫画。新田の提案によりなぜか超能力使用のあっちむいてホイで雌雄をつけることに。かわいらしい少女でも、新キャラでも、躊躇なく変顔を描いてしまうこの作者は本当にギャグ漫画家の鏡だと思う。おまけに、なんやかんやでよくあるラブコメのように同居人が増えるのかと思いきや、まさかのアンズホームレス化。いやもうこの漫画にそんな甘ったるい展開なんて期待していないので、分かってはいたんだけどね。

 帰れなくなったアンズがホームレスのおっさんたちに仲間として認められるまでの話や、新田に勘当され家を追い出されたヒナが四苦八苦したりと、今回は全体的に人情噺が多かったけど、最後の「支配者への道」は徹頭徹尾笑わせてくれるベストエピソードだった。ギャグ漫画の内容を文字で語るほどつまらないことはないので、是非これは単行本で読んで欲しい。

 そんなこんなで、新キャラも含めどの登場人物もいいキャラをしているヒナまつり。二巻もかなり笑わせてもらいました。

森奈津子「からくりアンモラル」



初潮を迎えた自分の身体に苛立ちを覚える秋月は、妹の春菜になつくロボット・ヨハネが子犬をかわいがる様子を見て、ちょっとした悪戯を思いつくが…ペット ロボットを介した性と生の目覚めを描いた表題作、タイムトラベルした少女が自我の認識を獲得する「あたしを愛したあたしたち」、セクサロイドが語る波瀾の 生涯「レプリカント色ざんげ」ほか、性愛SF9篇。日本SF大賞ノミネートの、切なく凛々しい傑作短篇集。 


 少女の性、というかぶっちゃけエロをテーマにしたSF短編集。といっても官能小説ではなく、ハヤカワ文庫から出ているれっきとした一般小説なのです。中には、かなりえぐい性描写があったりするわけだけど、まあそこはそこということで。

 性愛と科学というともすれば両立の難しいテーマを扱った作品集なだけに、収録されているどれもがかなり印象的。性の目覚めをせつなく描いた表題作「からくりアンモラル」から始まり、自己愛とタイムトラベルについての「あたしを愛したあたしたち」、異種間の愛を回想形式で描く「いなくなった猫の話」、作中一エログチャな「レプリカント色ざんげ」などなど。こうやって感想を書きつつぺらぺらと読み返してみると、どれもがバラエティに富んでいる。

 中でもお気に入りが「繰り返される初夜の物語」と「ナルキッソスの娘」。「繰り返される初夜の物語」は記憶を上書きされるアンドロイドというSFとしてはかなりベタな設定をうまく調理している作品で、最後の四行が酷く悲しくも美しい。「ナルキッソスの娘」は、本書の中で最もコミカルで完成度の高い作品。まるでコントのような最後のオチにはつい笑ってしまった。またこの作品集には珍しく性描写がない作品でもある。

 さほどSF要素は濃くないし、ジャンルに拘泥しないのならかなり良い作品だと思う。


2012年9月24日月曜日

京極夏彦「絡新婦の理」



 理に巣喰うは最強の敵――。
京極堂、桜の森に佇(た)つ。

当然、僕の動きも読み込まれているのだろうな――2つの事件は京極堂をしてかく言わしめた。
房総の富豪、織作(おりさく)家創設の女学校に拠(よ)る美貌の堕天使と、血塗られた鑿(のみ)をふるう目潰し魔。連続殺人は八方に張り巡らせた蜘蛛の巣となって刑事・木場らを眩惑し、搦め捕る。中心に陣取るのは誰か?シリーズ第5弾。



 「じょうろうぐものことわり」と読みます。このシリーズのタイトルって、基本初見じゃ読めないですよね。

 鈍器と称される程に分厚いこのシリーズもついに五冊目に突入したわけですが、今回も例に漏れず登場人物が多く、複数の事件が並行で進んでいくため物語もかなり複雑。一回読んだだけでは理解できない点(あの人って誰?等々)や他の巻に出てきた登場人物との意外な繋がりもあったりして、完璧に理解するためには再読どころか、「姑獲鳥の夏」から読み返すべきなのかもしれない。でも次回作も早く読みたいし……とかなり贅沢な悩み。ああ、お金よりも時間がほしい。

 まあ、そんなことを嘆いてもアレなので、作品について語ることにする。今回の京極堂の蘊蓄のテーマは「女性」。9章10章で京極堂は作中で起こった売春やら夜這いをジェンダー問題などと絡めて語っていくんだけど、京極堂の衒学は事件と切り離して読んでもやっぱり面白い。作中では民俗学者の柳田国夫は性風俗についてはあまり研究をしていなかったということが語られていて、そのこと自体は知っていたんだけど、そういった忌避の感情が性差別に繋がっていくという発想は僕自身全く考えても見なかったものだったので、かなり新鮮だった。そして、衝撃の10章で呆然とさせられたところに11章。そして再び冒頭部分へ――と圧倒され続けて、今一上手い感想が浮かばない。先ほど書いたとおり僕自身理解できない部分も多々ありつつも、半ば無理矢理読み進めていたので、上手くかみ砕けているわけではないけど、確かにこれはシリーズの中でも、「魍魎の匣」と同じくらい、もしくはそれ以上の傑作なのは間違いない。

2012年9月11日火曜日

秋山瑞人「猫の地球儀 その2 幽の章」





 以下、ネタバレとか入ってます。








 この猫の地球儀2作目を読んで思ったのが、結局この物語は猫でもSFでもなくて、夢の物語だっただんだなってこと。夢を叶えることについてや、それに伴う代償、そもそも夢とはなんなのか。それらについて非常に考えさせられる内容だった。

 ……と書くと妙に小難しく聞こえるけど、単純に「泣ける」物語として見ても結構秀逸なんじゃないかと思ったり。残されたキャラクターが遠くへ行ってしまった人のことを思うというのはべたべたながらも好きで、エピローグはかなりうるっときた。

 楽の死も読んだ直後は「アレは夢の代償について幽が考えるためのきっかけを作る演出の為の一種の装置みたいなもんだろ」と思ってたんだけど、今、楽の死の部分を読み返したら普通に泣きそうになってびっくり。読んでる途中はあんまり思い入れのないキャラクターだったんだけど、今思えば、この物語には楽という存在が必要不可欠だったのかもしれない。

 副題に幽の章とある通り、主要キャラクターである幽に焦点が当たっていて、本編最後あたりの焔の描写が少なかったのがやや残念ではあったものの、それを差し引いてもとっても良い作品。特に後半の僧正の幽に対する叱責は、かなり来るものがあって、作中では一番この場面が印象的だった。

 これが今から十年以上前の作品かあ。ライトノベルって古い作品はほとんど増刷されないイメージがあるから、どうせならこういう古き良き作品こそ再版とは言わないものの、電子書籍化くらいはして欲しいよなあ。

2012年9月8日土曜日

橋本和也「世界平和は一家団欒のあとに」



星弓家の兄弟姉妹は、みんな特殊なチカラを持っている。彩美。自称運び屋。魔法を自在に操る。七美。無敵。宇宙スケールで戦うバカ。軋人。生命の流れを思 いのままにする。軋奈。生命を創り出す力を持っていた。美智乃。大食漢。回復魔法の使い手。刻人。正義漢。優しいけれど怪力。彼らは世界の危機をめぐる事 件に巻き込まれ、否応なくそれを解決しなければならない星のもとに生まれていた。あるとき長男の軋人は自らと世界と妹の、三つの危機に同時に直面するが ―。世界平和を守る一家が織りなす、おかしくてあたたかい物語。第13回電撃小説大賞「金賞」受賞作。 


  アメコミのスーパーヒーローみたいな超能力を持った一家の物語。といっても、この小説で描かれているのは、悪の組織との死闘でも、地球侵略をたくらむ宇宙人との抗争でもなく、あくまでホームドラマ。世界の危機は簡単に救えても、家族の危機は簡単には救えないと言うところが面白い。

 最初は俺tueeeな中ニ病設定の主人公が受け付けなかったものの、中盤にかけてのヒロインなんて知ったことかと家族のためにがんばる姿はかなり良かった。というか、主人公に限らずほかのキャラクター造形もかなり良い。まあ、主要人物となる家族が多いし、内容的にも必然的にスポットの当たる人物は限られていたけど、それはページ数的に仕方ないのかなと。その辺りは続刊でということだろう。個人的には、外見に反して熱血な次男の刻人と、ヒロインで存在感はある癖にストーリー上はほとんど活躍していない香奈子が好み。

 家族愛がテーマとなっていて中にはそれなりに暗い所もあったけど、ライトノベル的な軽さがそれらを緩和していて、読みやすくも心がほっこりする作品だった。文章の軽さが気にならないのなら、ラノベ以外が主食の人でもぜんぜん楽しめる作品だと思う。

 ちなみにイラストは、とある漫画のジャンルで有名なさめだ小判さん担当。決して表紙買いではないけど(強調させて)、表紙もかなり良くて気に入ってます。うーん、次巻も買っちゃおうかなあ。



2012年9月1日土曜日

平山夢明「独白するユニバーサル横メルカトル」



タクシー運転手である主人に長年仕えた一冊の道路地図帖。彼が語る、主人とその息子のおぞましい所行を端正な文体で綴り、日本推理作家協会賞を受賞した表 題作。学校でいじめられ、家庭では義父の暴力に晒される少女が、絶望の果てに連続殺人鬼に救いを求める「無垢の祈り」。限りなく残酷でいて、静謐な美しさ を湛える、ホラー小説史に燦然と輝く奇跡の作品集。


 タイトルが強烈な8篇からなる短編集。

 このミスで一位だった作品らしいんだけど、全体的な傾向としてはミステリーよりもむしろサイコホラー色が強く、大半が気分が悪くなるくらいにグロテスクなものであり、かなり読み手を選ぶ。特に最後の「怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男」はあまりに残酷すぎて、本気で読むのをやめようかと思ったくらい。

 そういう血なまぐさい要素を除けば、基本的にホラーテイストながらもおとぎ話やSFっぽい要素も入ってたりしてかなりバラエティに富んだ作品群で、結末にあっと言わせるような展開が多く、どことなく星新一っぽさを感じた。

 ただ、どれも悲惨な結末であることが前提であるため、一気に読むと少し食傷気味になる。本当は一つ一つ間を空けて読んだ方がいいんだろうけど、読んでいて気持ち悪くなってきた僕はさっさと読み終わりたくて仕方がなかった。面白いんだけど、二度と読み返したくないというかなり印象的な作品だった。

 この作品が気に入った人は、多島斗志之の「少年たちのおだやかな日々」も読んでみるといいかもしれない。こっちはあんまりグロくはないけど、どれも救われない短編集という点で共通している。

2012年8月27日月曜日

秋山瑞人「猫の地球儀 焔の章」



 スカイウォーカーであると言うだけで宣教部隊に殺される時代。三十六番目のスカイウォーカー朧が残したロボットと彼の人生のすべてが詰まったビンを拾った のは、朧の予言通り、三十七番目のスカイウォーカー幽でその幽は一匹のちっぽけな黒猫だった―。史上最強の斑は過去四年に渡りスパイラルダイバーの頂点に 君臨し続け、斑に挑戦することはすなわち、死であると言われたその斑に勝利したのは二千五百三十三番のスパイラルダイバー焔でその焔は一匹の痩せた白猫 だった―。そんな幽と焔が出会ったとき、物語は始まる…。SFファンタジー。

 秋山瑞人といえば、「イリヤの空、UFOの夏」などで有名なSF作品を得意としているライトノベル作家で、最近あまり作品を出していないにも関わらず根強いファンが多いという印象。僕は初めて彼の作品を読んだんだけど、かなり凝った設定とストーリーをライトノベルらしいちょっと軽めの文体とキャラクターを用いつつ表現しているところは、確かに非常に面白い。特にガリレオ・ガリレイの時代を彷彿とさせるような、宗教と科学の対立という構造は秀逸だなと思った。宗教による科学の弾圧は、宗教の利権という点ではなく、科学の与える影響を考慮した上で行っているというのは僕としてはかなり新鮮な観点だった。

 本書はライトノベルという形ではあるものの、挿し絵自体は少なく、章と章の間でしか挿入されていない(そのイラストも本編に直接関係のない小ネタのようなものである)ため、ライトノベルが苦手な人でも読むことができる。「夏への扉」に比べるとかなりファンシーではあるけれども、猫とSFが好きな人にはお勧めの一冊でした。

2012年8月25日土曜日

三津田信三「首無の如き祟るもの」




奥多摩の山村、媛首村。淡首様や首無の化物など、古くから怪異の伝承が色濃き地である。三つに分かれた旧家、秘守一族、その一守家の双児の十三夜参りの日 から惨劇は始まった。戦中戦後に跨る首無し殺人の謎。驚愕のどんでん返し。本格ミステリとホラーの魅力が鮮やかに迫る。「刀城言耶」シリーズ傑作長編。 





 ちょっとネタバレです。













 刀城言耶シリーズ第二弾。ちなみに一巻は未読。

 なんでもネットで調べたところによると、このシリーズはどこから読んでもいいらしく、一巻よりもこの『首無~』の方が読みやすいらしいので、こちらを先んじて購入。

 オカルトが関わってくるミステリーということで、どことなく京極夏彦の百鬼夜行シリーズを彷彿とさせるなあとあらすじやらを見つつ思っていたけど、実際は百鬼夜行シリーズ程に衒学趣味にはそこまで傾倒せず、あくまで本格ミステリーとして書かれてある作品だった。

 二重のすり替わりトリックや、メタ構造を使ったミスリードも非常に良かったし、真犯人に次ぐ真犯人というのも面白い。最後にホラーテイストでの占め方もにやりとしてしまったし、ミステリーであえて謎を残すってのもこういう形だと悪くないなあ。

KAKERU「魔法少女プリティ☆ベル」 1巻




 ……な、なんだこれは(驚愕)。

 最近の魔法少女といえば、「なのは」やら「まどか」やらが有名ですが、その魔法少女界に新たな一ページを刻みそうなニューウエーブが登場。

 それがこの、魔法少女プリティ☆ベル。

 といっても、この表紙に描かれている少女がプリティ☆ベルという訳ではない。魔法少女プリティ☆ベルへと変身するのは、35歳ボディービルダー高田厚志(♂)。合気道とプロレス経験者である彼が変身するプリティベルは、ポージングを決めることによって全身の筋肉からビームを出したりする体育会系魔法少女で、どう考えても魔法少女ではない。一話の筋骨隆々のマッシブな漢の変身シーンなんかは、夢に出てきそうなくらいに衝撃的で、白けきった通行人たちがいい味を出していた。

 そして、更に驚きなのが、主人公がこんなに酷い出落ち設定(誉め言葉です)であるにもかかわらず、それを真剣なバトルものとして描いているところ。3話なんか変身もせずにただ男同士で殴り合ってるだけだし。

 1巻を読んだだけではまだ分からないけど、もう既に7巻まで出てるのとか色々と複線とか張られてるのとかを考えると、この先もバトル路線で続ける感じっぽい。

 にしても、この漫画を純粋に前情報なしで表紙買いした人は、どんな気分なんだろう……。

2012年8月19日日曜日

中井英夫「虚無への供物」




黒ビロードのカーテンは、ゆるやかに波をうって、少しずつ左右へ開きはじめた。―十二月十日に開幕する中井文学。現実と非現実、虚実の間に人間存在の悲劇 を紡ぎ出し、翔び立つ凶鳥の黒い影と共に壁画は残された。塔晶夫の捧げた“失われた美酒”、唯一無二の探偵小説『虚無への供物』を―その人々に。


 以下、ネタバレ注意。














 「ドグラ・マグラ」、「黒死館殺人事件」と三代奇書のうちの一つ。まだ「黒死館殺人事件」の方は未読なので、そっちと比較することはできないんだけど、「ドグラ・マグラ」よりはだいぶ読みやすい作品だった。といっても、やっぱり内容は結構難しいし、ページ数も多く、かなり四苦八苦しながら読んだ印象。
 五十年近くも前に「読者が犯人」という要素に挑戦したというだけでも、十分に「奇書」と賞されるだけのことはあるなあ。ただ、この作品を読むためには、ある程度ミステリーファンとしての教養があることが前提となっていて、その条件を僕自身が満たしていなかったのが残念だった。うーん、もうちょっと、古い作品も読んでみるべきだよなあ。

2012年8月14日火曜日

渡瀬草一郎「空ノ鐘の響く惑星で③」

 


第二王子レージクの即位表明によって追われる身となった第四王子フェリオ。だが、フェリオは囚われた貴族や師匠、ウィスタルを救うべく、密かに王都へ舞い 戻り人質救出の機会をうかがっていた。そこにフェリオの性格を良く知るレージクの準備した恐るべき陰謀が待ち構えているとも知らず…。果たして、フェリオ の運命は―?一方、潜伏行動を続ける来訪者達の前に司教カシナートの使者が訪れる。力を持つ者と望む者の接触―来訪者達の選ぶ道は?話題の異世界SFファ ンタジー第3弾。
 シリーズ第三弾。
 全十二巻(+外伝一冊)のうち四分の一まで進んだということで、ようやく起承転結の起が終わった感じかな。

 今回は2巻に続き、多数の視点で繰り広げられる戦略・策謀が一番の見所。物語としてはあまり進んではないんだけど、第二王子レージクの過去やウィータ神殿の動向が語られたりと、これから物語が展開していくために必要な準備をしている印象を受けた。

 相変わらず平易で読みやすい文章だし、ちょっとストーリーには派手さがないものの、巻を重ねるごとに面白くなっていっている。敵味方の対立構造も段々とはっきりしてきたし、これから派手に盛り上がることに期待。

 ところで、リセリナのヒロイン力が完全にウルクより劣ってるんだけど、次巻ではどう巻き返してくるのだろうか。最後の最後でようやくフェリオたちと合流したのだから、そこらへんも結構楽しみだったり。

2012年8月13日月曜日

清涼院流水「ジョーカー 涼」





陸の孤島・幻影城で続く装飾的不可能殺人事件。あまりにも深い謎と暗示に隠されていた驚愕の真相は。


 ネタバレ注意。












 いやいやいや……なんだこれ。わけが分からない。

 一冊を通して散々推理される言葉遊びはこじつけにしてはやけに膨大で、下らないなーと思いつつ読み進めていったら……最後はどうなってんだ?これミステリーなのか?途中のトリックをほったらかすのはまだいいとして(本当はよくないけどさ)、いくらなんでも犯人が「だれでもいい」ってのは酷すぎる。それとももしや、最後にコズミックに続くとあるので、そっちで何らかの決着が付くんだろうか。……つかないよなあ。

 どっちにしても、こんな本を出版しようと思った講談社は凄いと思う。確かに言葉遊びは凄いけど、こんなのミステリーマニアに叩かれるに決まってるだろ。

 作者としては、作中でも散々出ている通り、四大奇書っぽいものを書きたかったんだろうけど、できあがったのがこれってどうなんだろう。確かに奇書ではあるけど、読む価値があったかというと、ぶっちゃけ、ない。ただひたすらに徒労感でいっぱいです。

 だがそれでも、ここまで来たからには読まないといけない、という使命感にも似ている感情が生まれてきているのも事実なので、頑張るしかない。次はコズミックの下巻。どのような読書体験が待っているのか、怖くもあり、恐ろしくもあり、ちょっとだけの期待もありで、複雑な気分で満ちあふれています。

2012年8月12日日曜日

十文字青「薔薇のマリア〈1〉夢追い女王は永遠に眠れ」


 
 

九頭竜大骨格と呼ばれる巨大竜の骨が“蓋”となり、異界生物を封じ込めている地下空間に、財宝を求め危険を顧みず潜り込む集団がいた。クランZOO。美し くも頼りないマリアローズを筆頭に今日も万全(?)の態勢でお宝GET!?…のハズだったのに!!分断の危機、思わぬ敵との遭遇と、幾度のピンチをへてメ ンバーが見たものは、戦慄の魔導女王が誘う“哀しき夢”だった!?優しき“侵入者”マリアと仲間たちの最高な物語、堂々開始。 






 何気に前から気になっていたシリーズ。ちょっと調べてみたら、既にもうシリーズ20冊以上出てるみたい。

 ファンタジー小説というよりは、ウィザードリィや世界樹の迷宮を彷彿とさせるようなダンジョン小説といった感じ。戦略を練りつつ、仲間と協力しながらダンジョンを進んでいくような手に汗握る感じが好きなら絶対に楽しめると思う。個人的には、その手のダンジョンRPGはかなり好きなので、予想以上に楽しめた。

 また、あくまで主人公だけじゃなくて、パーティー全体のバランス感というか、チームワークを楽しむタイプの珍しい小説で、主人公が特殊な力などを一切持っていない、シビアな設定も緊張感があって良かった。主人公がヒロインの強さにぶら下がる図(もしくは逆)が多いライトノベルの中で、こういう皆で協力するというタイプはかなり珍しいと思う。

 1巻だけでは主要人物の謎がほとんど明かされないままで終わるので、物語としてはあくまで序章といった感じ。あまり気にせず読み進めれるけど、かなり専門用語も多く、世界観や設定も凝っている。あくまで続刊ありきみたいだから、この一冊で作品の雰囲気を把握するのは難しいように感じる。現に、1巻のほとんどがダンジョン内で進んでいくにもかかわらず、巻頭に世界地図が載ってたりするし。おそらくこの先、物語の舞台がダンジョン外に移ったりするんだろう。

 にしてもライトノベルで、編集部の解説って始めてみたなぁ。滝本竜彦以来の「特別賞」受賞って書いてあったし、それくらいプッシュされてるってことなんだろうか。

2012年8月5日日曜日

奈須きのこ「DDD 1」





感染者の精神だけでなく肉体をも変貌させる奇病、A(アゴニスト)異常症患者―俗に言う“悪魔憑き”が蔓延る世界。左腕を失った男、石杖所在と、漆黒の義手義足を纏い、天蓋付きのベッドで微睡む迦遼海江の二人が繰り広げる、奇妙な“悪魔祓い”



2巻を積んでいたのをすっかり忘れていたので、せっかくだからということで再読することにした。

奈須きのこが送る、月姫やFate/stay night、空の境界などのシリーズとはまったく異なる世界観の物語。何気に

西尾維新の化物語のオカルトと現実を重ね合わせたような部分が、京極夏彦の百鬼夜行シリーズに似てるなあと思ったけど、これもどこかそれを髣髴とさせる。もしかすると、これが奈須きのこなりの百鬼夜行シリーズに対するアプローチなんだろうか、なんて思ったり。

ちなみにファウストで不定期連載されていたんだけど、一向に新作が発表されることなく、そのままファウストは休刊に。なんでも、魔法使いの夜でのインタビューによると、DDDは魔法使いの夜完結後に書くということで、これ三巻出るのは一体何年後になるんだろう……。


以下、各話の感想。かなりのネタバレありです。











1.J the E.
最初の話は作中で語られる通り、アリカにとって三回目の事件(最初の事件は二巻に収録、その次は冒頭の木崎氏の事件)となる。悪魔憑きという設定自体がかなりダークなため、全体的に退廃的な雰囲気。月姫やFateよりも空の境界に近いと思う。
一話ということで、大まかな登場人物紹介を兼ねた物語になっている。

2.HandS.(R) / 3.HandS.(L)
2話と3話はそのまま続き。RがマキナでLがアリカを指しているのかな。ホモの新島ちゃんのタイプじゃない発言も何気に複線になってたのには笑った。
これは悪魔憑きというか、久織マキナの狂気が怖い。ホロウアタラクシアの冒頭もそうだったけど、なにげに奈須きのこってこういう背筋が寒くなるような話も上手いよなあ。
ちなみにこのシリーズでカイエに並んでキーパーソンっぽい、妹さん初登場回でもある。

4.formal hunt.
妹が起こした事件の顛末と、なぜアリカが妹に嫌われるようになったかを回想の形で描いた物語。現在視点で見ると、マトさんが悪魔憑きを確保するだけの話でもある。
書き下ろしということもあってか、この話だけ短い。


連載のしている雑誌の方向性もあってか、全体的にミステリっぽい。しかしながら、どれも「Aだと思われていた人物はBでした」みたいな叙述トリックばかりなので、なんだまたこのパターンかーという気分になったりするのが気になる。トリック(というか構成)自体はアレだけど、現代ファンタジーというか、伝奇物としてはかなり面白い。

設定に非常に癖がある一方で、文章自体は読みやすいので、個人的には空の境界よりもこっちの方が好きかな。

2012年8月3日金曜日

阿部共実「空が灰色だから」 2巻




心がざわつくオムニバス短編集その2。
1巻と同じく十二話収録で、話の割合としては前巻よりもややダークな話が多めな印象。1巻もかなりクオリティーが高かったのだけど、今回はその平均値さえも大きく上回っている。

2巻を読んで思ったのが、この作者は台詞や一コマ一コマを印象的に描くことが抜群に巧いということ。例えば、「金魚」の最後のコマでの少女の後姿や、「こわいものみたさ」の『とれちゃった』という台詞など、あえて詳しいことは描かずに読者に想像させるという手法が非常に効果的。読んだ人はわかると思うけど、後者なんかはこの巻では最も印象に残る台詞だと思うし、また、小学生が不良にカツアゲされる「ニッポン嗚呼~」なんかも、最後までコメディだと思わせておいてのあのコマ・展開であるため、衝撃的なトラウマになる。

というか、今回は「こわいものみたさ」、「ニッポン嗚呼~」、「世界の中心」とかなりトラウマ回が多い気がする(そしてその三つともどれもが方向性が異なっているのが面白い)。

だけどそんな一方で、人の話を聞くのが好きな女の子と、話したいことがありすぎて複数の話題を平行して話してしまうクラスメイトの「こんなにたくさんの話したいことがある」なんかもまた別のベクトルの快作であり、文字だけでは表現できない、漫画特有の狂った美しさが冴えていた。

そんないろんな意味でハートフルな短編集、「空が灰色だから」。1巻に続きお勧めです。

2012年8月1日水曜日

清涼院流水「ジョーカー 清」




屍体装飾、遠隔殺人、アリバイ工作。作中作で示される「推理小説の構成要素三十項」を網羅するかのように、陸の孤島・幻影城で繰り返される殺人事件。「芸術家」を名乗る殺人者に、犯罪捜査のプロフェッショナルJDC(日本探偵倶楽部)の精鋭が挑む。


 いきなり冒頭部分で「この物語の最初から数ページ以内にあなたは完全にダマされる」とある、かなり挑戦的な本書。本書は、「ジョーカー 旧約探偵神話」を文庫化の際に二冊に分割したうちの上巻。ちなみに同作者の「コズミック 流」の前書きで、「コズミック 流」→「ジョーカー 清」→「ジョーカー 涼」→「コズミック 水」というなんとも奇妙な読み方を推奨されたため、素直にそれに従って読んでます。

今回は、「流」の方では最後のほうでちらっとしか登場しなかったJDCの探偵が序盤から数多く登場。「流」が密室殺人を箇条書きのように淡々と描写するだけだったのに比べると、連続事件がどんどん展開されていく本書はちゃんとミステリーとして読めて嬉しい。しかし、最初の部分でミステリーの歴史が語られたり、これまでの物語は全て作中の登場人物が書いたノンフィクションの小説でしたー、みたいな要素があったりとどうもメタっぽい雰囲気。さすが大説、一筋縄ではいかない感じがぷんぷんしている。

また登場する探偵たちもかなり変わっていて、どれも少年漫画の必殺技みたいな推理方法を持っているというかなりトンデモな設定。でも、作中では別段そんな特殊な推理はしてないような気が……。それになんかその推理自体もただ言葉遊びをしているだけで、あまり推理自体が進展している気配がない。

といってもまだまだ上巻。前半部分で事件の真相が明かされるはずもないし、次の下巻でどのように事件が解決されるのかが楽しみ。……ちゃんと解決されるよね?

2012年7月31日火曜日

丸山くがね「オーバーロード1 不死者の王」




 その日、一大ブームを起こしたゲームはサービス終了を迎えるはずだった。
――しかし、
終了時間をすぎてもログアウトしないゲーム。
意思を持ち始めたノンプレイヤーキャラクター。
なにやらギルドごと、異世界に飛ばされてしまったらしい! ?

骸骨の肉体を持つ最強の大魔法使い――モモンガの本当の伝説がここからはじまる!


ネットで圧倒的人気を誇るWEB小説が堂々書籍化!!
イラスト、総フルカラー掲載!!



SAOや魔法科高校の劣等生、ログホライズンなど最近ではweb小説が書籍化されたものが好評を博しているようですが、先日発売されたこのオーバーロードも同じようにweb小説投稿サイト「小説家になろう」に連載されたものを書籍化したものです。web連載→書籍化という図式は出版時には既に一定のファンがいるため、初めからある程度の売れ行きが見込まれるというのが心強いですね。

ただそれに味を占めた出版社がweb小説書籍化を連発されると、書籍化作品全体のクオリティーの低下に陥ってしまうような気がするのですが、その点に関してはこの作品は書籍化されるのが納得のクオリティーだと思います。

あらすじとしては、ネトゲ世界で超強い主人公がネトゲのキャラクターそのままの姿でファンタジー世界へ放り込まれるという、いわゆる「VRMMORPGの最強もの」となっていて、これは「小説家になろう」というサイトではかなり人気を誇っているジャンルだったり。

今回の書籍化にあたって、新キャラ(ヒロイン)が追加されたことで、それに伴ってラブコメっぽい描写が増えていたり、そもそもあらすじが変わっていたりなど、web版と比べて大きく加筆修正を行っています(たぶんこの先はweb版とは異なる展開になったりするんじゃないかな)。これ実際ほとんど書き直したんだろうなあ……。

黒をベースにした装丁やダークファンタジーっぽい表紙も格好良くて非常に満足。また各章の頭にはカラーの挿絵や巻末のキャラクター紹介(今回紹介されているのはモモンガ、アルベド、アウラ、マーレの四人)もなかなか良い。サイズは普通のライトノベルよりも少し大きめのB6で、ページ数も400ページ近くもあってかなり厚く、これで千円はかなり安いと思う。つーか400ページあっても、「小説家になろう」に投稿されている「オーバーロード:前編」の全98部中、13部あたりまでしか収録されてないって……このままだと軽くシリーズ十冊は超えそうだなあ。それはそれでかなり楽しみではあるのだけど。

ひとつ注意点としては、身も蓋もない言い方をするなら、この物語は基本主人公至上主義であり、周りが主人公を持ち上げまくっているため、そういうのが苦手な方は手を出さないほうがいいかもしれません。逆に主人公が敵を圧倒的力で屠ってくのに爽快感を覚える方にはジャストミートでしょう。どちらにせよ、購入前には一度web版に目を通してみることをお勧めします。

とにかく巻末の予告によれば続巻は今年の冬発売ということで、web版も含め、かなり楽しみです。

2012年7月29日日曜日

阿部共実「空が灰色だから」 1巻



 毒々しい赤のマーブルにデフォルメちっくな女の子の表紙が目を引く、「空が灰色だから」。最近色んなところで話題なので購入。

裏表紙に「10代女子を中心に、人々のうまくいかない日常を描く」とあるように、他人と違っているが故に、どこかしら孤独を孕んでいる人々が中心の一話完結オムニバス。

絵は表紙のとおり、久米田先生っぽいデフォルメされているのが特徴。キャラクターが普段隠している本音を語ったりするときに、キャラがベタで真っ黒に塗りつぶされる演出は怖くて新鮮だった。

収録されているのは十二編(+一遍)で、まとめてこれというジャンル分けはすることができず、くすっと笑えるコメディや胸を打つような泣ける話から一切救われることのない暗い話、はたまた落ちのないシュール一辺倒の話まで幅広い。最初はコメディのつもりで読んでいたら、途中で一気にどん底に落とされることがあったりして、読んでいて心を抉られることも多々あったり。
かなり心にくる濃い話が多いので、本当は週刊誌で一話一話できるだけ間を空けて読みたい。そんなかなり珍しい作品だと思う。

というか、どうしてこれが少年週刊誌で連載されているんだろう。少年誌にしてはシュールで毒が強すぎるし、週刊誌でこのクオリティのオムニバスを連載できるなんて、この先どこかでぽっきりと筆が折れてしまわないか心配。

越谷オサム「陽だまりの彼女」



幼馴染みと十年ぶりに再会した俺。かつて「学年有数のバカ」と呼ばれ冴えないイジメられっ子だった彼女は、モテ系の出来る女へと驚異の大変身を遂げていた。でも彼女、俺には計り知れない過去を抱えているようで―その秘密を知ったとき、恋は前代未聞のハッピーエンドへと走りはじめる!誰かを好きになる素敵な瞬間と、同じくらいの切なさもすべてつまった完全無欠の恋愛小説。


正直なところ、恋愛小説ってあんまり読まないんですよ。ライトノベルとかでよくラブコメ要素が入っている作品とかならたまに読むんだけど、ラブストーリー一辺倒ってのがイマイチ気恥ずかしくて読めない。ぶっちゃけ一人の男子としては、エロ本買うよりも恥ずかしいし(笑)。

とまあ、そんな感じの僕が興味本位で買ってみたのが、本作「陽だまりの彼女」。越谷オサムさんの他の作品は『階段途中のビッグ・ノイズ』しか読んでないんだけど、ベタベタなんだけども読んでて気持ちがいい小説を買くなーという印象。王道を上手くかける人って素晴らしいと思います。

そして本作も、十年ぶりに幼馴染みと再会したところから始まるベッタベタな恋愛小説。といっても、ほとんど初めから両思いなので、ラブストーリーにありがちな葛藤とか恋敵的な第三者もなく、ただひたすら主人公とヒロインがいちゃいちゃしてるだけなんですけど。つーか、読んでいる途中で、壁を殴りたくなるほどのバカップルぶりを見せられる読者はどうしたらいいというのか。

結末については賛否両論あるとは思うんだけど、個人的にはそんなに好きじゃないかな。まあ、泣いたけどさ! ビーチボーイズの歌詞引用してるあたりは本当に卑怯だと思う。
あと、西島大介さんの可愛らしい絵がグッドです。媚びてない感じが非常によいと思います。

飲茶「史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち」




古代インド哲学・仏教・老荘思想・禅…、あらゆる東洋哲学は、融合と変質を遂げながら、なぜ東へ東へ伝わり、日本にたどり着いたのか?
釈迦・龍樹・老子・道元…、「真理(最強)」を自称する、恐るべき東洋の哲人たちが起こした奇跡とは?


とことんわかりやすい言葉で、哲学の面白さを存分に伝える、最強ナビゲーター・飲茶氏による、待望の東洋哲学入門書。
大反響を呼んだ『史上最強の哲学入門』に続き、今回も「バキ」シリーズで絶大な人気を誇る板垣恵介氏がカバーイラストを描き下ろした。


「え? なんのために東洋哲学は「東」に向かったかって?
そんなの決まっておるじゃろう?
おぬし(読者)に会いにくるためじゃよ!!」



哲学書界でもっとも漢気溢れた表紙であった前作に続いて、今回の表紙もバキの板垣恵介先生が担当です。前作が西洋哲学オンリーだったのに対し、今作はタイトル通り東洋が舞台。なんか本が妙に厚いなーと思えば、なんと400ページ(前作は280ページ近く)超えで、圧巻のボリューム。

まだ一通り読み通しただけで、詳しいことはかけないんだけど、今回もやっぱり非常にわかりやすい。この人の本って、(理解しやすい)入門書としては最高の部類にはいるのではないだろうか。
文体が妙に軽かったり、たまにバキネタが入っていたり、江頭2:50の名言が飛び出したりと楽しみながら読めるので、前作が気に入った方ならまず購入して間違いないかと。あと次回予告も書いてあって、ウィトゲンシュタインや西田幾多郎、スピノザなどの西洋哲学者と今回登場した東洋哲学者による対談バトルらしい。そっちも滅茶苦茶楽しみ。

ちなみに章立てはこんな感じ。

・インド哲学 ヤージュニャヴァルキヤ
釈迦
龍樹

・中国哲学  孔子
墨子
孟子
荀子
韓非子
老子
荘子

・日本哲学  親鸞
栄西
道元